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車両
2014.10.18更新
写真を数枚追加しました。
30系 - 御堂筋線・谷町線・四つ橋線・中央線・千日前線
30系セミステンレス車 <拡大可> 30系アルミ車 <拡大可>
30系セミステンレス車/199-.--.---住之江公園 30系アルミ車/199-.--.---吉田
概要

 大阪市交通局30系車両は、1967(昭和42)年3月の谷町線東梅田〜谷町四丁目間開業用に7000形-8000形が2両編成6本が新造されたことに始まる。1967(昭和42)年9月の中央線谷町四丁目〜森ノ宮間開業用に7000形-8000形が2両編成3本が新造、この7000形-8000形は後に30系となり、この形式から30系の歴史が始まった。

江坂延伸開業祝賀列車 <拡大可> 1967(昭和42)年12月、御堂筋線車両置換計画が決定。7000形-8000形も含め、8両編成30本の計240両が、1970(昭和45)年に開催される日本万国博覧会までに集中投入されることとなった。基本的な性能は7000形-8000形と同じだが、7000形-8000形では3両固定編成で8両組成を考えていたが、30系では8両固定編成とし、一層の軽量化・保守の容易化が図られることになった。そのため、運転台が編成両端にしか無いことになるので、8両固定編成を4+4のA編成+B編成に分け、構内運転の必要から3300形と3600形には簡易運転台が設けられた。また、運用上の都合から4両編成のC編成も組成された。基本運転は、A編成+B編成・C編成+C編成となっていたが、定期検査などの車両に支障が出た場合も想定され、A編成+C編成・C編成+B編成とも組めるように考慮された。
 車体面では、7000形-8000形で技術面から見送られたアルミも使用され、セミステンレス車以上の軽量化を図ることが出来た。最盛期には、30系・北急編入車・新30系の30系グループは363両となり、大阪地下鉄の顔となっていた。

 旧型車を一掃し、御堂筋線の主役となった30系も、今度は30系自身も一掃される立場となった。電機子チョッパ車の10系・新しい大阪地下鉄の顔のVVVF車新20系の投入。30系は徐々に御堂筋線から数を減らしてゆき、1993(平成5)年5月27日、30系第14編成による交通局90周年記念ビデオ撮影の為に御堂筋線江坂〜中百舌鳥間を走行。この日を最後に30系は御堂筋線から姿を消した。
 御堂筋線から姿を消した30系は、谷町線・四つ橋線・中央線・千日前線にて活躍したが、サービス向上・車両冷房化100%化の実現の為、冷房化改造された新30系以外の車両を順次廃車となり、30系・北急編入車は姿を消した。
前面腰部にラインカラーが入る前の3503号車 <拡大可>
前面腰部にラインカラーが入る前の3503号車
3520号車は後に3539号車となり中央線で活躍 <拡大可>
3520号車は後に3539号車となり中央線で活躍
3568号車は元3504号車 <拡大可>
3568号車は元3504号車
元北急7503号車の3553号車 <拡大可>
元北急7503号車の3553号車
3598号車は元7000-8000形の8008号車 <拡大可>
3598号車は元7000-8000形の8008号車
保存車両

 30系の前身である7000-8000形の元7001号車である3062号車を緑木検車場で、30系アルミ車の元3008号車である3042号車を森之宮検車場でそれぞれ保存されている。
3062号車は、2005(平成17)年11月12・13日の「市電保存館&車両保存館一般公開」で初めて一般公開され、2013(平成25)年には自走できるように整備された。3042号車は、2008(平成20)年3月23日の「なつかしの車両まつりin森之宮」で初めて一般公開され、2013(平成23)年には原型に近づくように復元工事が行われた。
3062号車 <拡大可>
3062号車
3042号車 <拡大可>
3042号車
3042号車の復元工事後 <拡大可>
3042号車の復元工事後
方向幕

 過去の方向幕順は不明なので、判明分のみ掲載する。
谷町線
-廃車時-
四つ橋線
-廃車時-
中央線
-廃車時-
1 大日
2 八尾南 深江橋
3 守口 大国町 森ノ宮
4 文の里 玉出 大阪港
5 都島 住之江公園 長田
6 喜連瓜破 西梅田 生駒
7 長原 北加賀屋 新石切
8 天王寺 回送 回送
9 谷町四丁目 試運転 試運転
10 回送 臨時 臨時
11 試運転
12 臨時
著作権