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路線
2017.04.23更新
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谷町線
概要

22系 <拡大可> 谷町線は、守口市の大日から東梅田・谷町四丁目・天王寺などを経て、八尾市の八尾南までの28.1kmを結ぶ、南北に軸を持つ路線である。正式名称は高速電気軌道第2号線、局内では大阪市高速鉄道第2号線と呼ばれる。愛称の「谷町」は、路線が谷町筋の地下を通ることに由来する。ラインカラーは京紫色(ロイヤルパープル:マンセル記号 2.5PR3/10)であり、これは谷町筋沿線に多数存在するお寺に関し高僧の袈裟の色をイメージしたものである。
路線図
正式名称 高速電気軌道第2号線
局内名称 大阪市高速鉄道第2号線
愛称 谷町線 Tanimachi Line
開業 1967(昭和42)年03月24日
最終ダイヤ改正 2017(平成29)年03月25日
営業区間 大日(大阪府守口市)〜八尾南(大阪府八尾市)
路線距離/運賃計算キロ 28.1km/28.3km
管轄 大日〜八尾南 28.1km
大阪市交通局(軌道事業)
指令 輸送指令所
乗務所 大日乗務所・八尾乗務所
駅数 26駅
車両編成 6両編成
最多運用 37列車
使用列車 22系車両・32系車両
保有車両数 246両(6両×41編成)
検車場・車庫 大日検車場・八尾車庫
最高速度 70km/h
軌間 1,435mm
電化方式 直流750V / 第三軌条方式
閉塞方式 自動閉塞式
信号保安装置 WS-ATC・CTC
駅間最長距離 1780m 大日〜守口
駅間最短距離 623m 天王寺〜阿倍野
最急勾配 33‰ 大日〜守口・千林大宮〜関目高殿
最小曲線半径 121.4m 中崎町〜東梅田・東梅田〜南森町・南森町〜天満橋
32系 <拡大可>

22系50番台、22系、22系(初期車)の並び <拡大可>
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駅名 駅名 区間キロ 累計キロ ホーム形状 所在地 管区 駅長 連動駅 夜間留置
T11 大日 0.0 0.0 1面2線島式ホーム 大阪府守口市大日東町 東梅田
T12 守口 1.8 1.8 1面2線島式ホーム 大阪府守口市京阪本通2丁目 東梅田
T13 太子橋今市 1.2 3.0 1面2線島式ホーム 大阪府大阪市旭区太子橋1丁目 清水
T14 千林大宮 1.0 4.0 1面2線島式ホーム 大阪府大阪市旭区森小路2丁目 東梅田
T15 関目高殿 1.1 5.1 1面2線島式ホーム 大阪府大阪市旭区高殿4丁目 東梅田
T16 野江内代 0.8 5.9 1面2線島式ホーム 大阪府大阪市都島区内代町1丁目 東梅田
T17 都島 1.3 7.2 1面2線島式ホーム 大阪府大阪市都島区都島本通3丁目 東梅田
T18 天神橋筋六丁目 1.3 8.5 1面2線島式ホーム 大阪府大阪市北区天神橋6丁目 東梅田
T19 中崎町 0.8 9.3 1面2線島式ホーム 大阪府大阪市北区中崎1丁目 東梅田
T20 東梅田 1.0 10.3 2面2線相対式ホーム 大阪府大阪市北区曽根崎2丁目 東梅田
T21 南森町 1.2 11.5 2面2線単式ホーム 大阪府大阪市北区南森町2丁目 東梅田
T22 天満橋 1.5 13.0 1面2線島式ホーム 大阪府大阪市中央区谷町1丁目 東梅田
T23 谷町四丁目 0.8 13.8 2面2線相対式ホーム 大阪府大阪市中央区谷町4丁目 阿波座
T24 谷町六丁目 0.8 14.6 2面2線島式ホーム 大阪府大阪市中央区谷町6丁目 平野
T25 谷町九丁目 0.9 15.5 2面2線相対式ホーム 大阪府大阪市天王寺区生玉前町 平野
T26 四天王寺前夕陽ヶ丘 1.0 16.5 2面2線相対式ホーム 大阪府大阪市天王寺区夕陽丘町 平野
T27 天王寺 1.1 17.6 2面2線相対式ホーム 大阪府大阪市天王寺区茶臼山町 平野
T28 阿倍野 0.6 18.2 1面2線島式ホーム 大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋2丁目 平野
T29 文の里 1.1 19.3 1面2線島式ホーム 大阪府大阪市阿倍野区昭和町1丁目 平野
T30 田辺 1.0 20.3 2面2線島式ホーム 大阪府大阪市東住吉区田辺1丁目 平野
T31 駒川中野 1.0 21.3 1面2線島式ホーム 大阪府大阪市東住吉区針中野1丁目 平野
T32 平野 1.7 23.0 1面2線島式ホーム 大阪府大阪市平野区平野西 平野
T33 喜連瓜破 1.4 24.4 1面2線島式ホーム 大阪府大阪市平野区喜連2丁目 平野
T34 出戸 1.3 25.7 1面2線島式ホーム 大阪府大阪市平野区長吉長原西1丁目 平野
T35 長原 1.2 26.9 1面2線島式ホーム 大阪府大阪市平野区長吉長原東2丁目 平野
T36 八尾南 1.2 28.1 1面2線島式ホーム 大阪府八尾市若林町1丁目 平野

※駅長欄◎:管理駅長、○:駅長を表す
配線略図

配線略図
建設の経緯

1925(大正14)年 計画路線 <拡大可> 大阪市高速度交通機関協議会で1925(大正14)年10月に高速鉄道計画を策定、1926(大正15)年3月27日の市議会で都市計画決定された当初の計画では、2号線(谷町線)は「東成区森小路南端〜善源寺町野江線〜北区天神橋筋6丁目新京阪電車終点南側〜阪神電鉄北大阪線〜国有鉄道東海道線大阪駅〜都市計画路線北野線〜北区扇橋南詰〜東区天神橋南詰〜都市計画路線松屋町筋〜国有鉄道関西線天王寺駅南側」の、全長13.7kmの路線として計画された。この当時の計画では、森小路から新京阪電鉄天神橋駅の東までは高架での計画であり、全線が第2期事業とされた。また、現在の谷町筋経由ではなく、少し西側の松屋町筋経由となっていた。

1948(昭和23)年 路線改訂 <拡大可>
 この路線には2つの使命があり、1つは御堂筋線の梅田〜天王寺間を補うこと、もう1つは大阪市北東部から都心部までを直結することである、1948(昭和23)年6月18日に市議会で確定した路線改訂では守口方面の発展を考慮し、北側は森小路から守口(京阪守口駅付近)に変更され、区間は「守口市守口町本町〜阿倍野区阿倍野筋1丁目」で16.09kmの路線となった。従来の松屋町筋経由では御堂筋線に接近していたため、幅員40mへの拡張が決定した谷町筋を経由することに変更され、京阪天満橋駅と近鉄上本町駅との連絡を図ることとなった。南側は天王寺までだが、東住吉区中野町方面の発展を考慮し、南海平野線沿いに中野まで延長する含みも持たせた。今回の改訂に当たって梅田を経由しない案もあったが、梅田は大阪の玄関口として極めて重要な地点であること、1号線(御堂筋線)との連絡線を設ける計画があったので、梅田経由のままとなった。この改訂路線は1948(昭和23)年に特許申請をしたが、民鉄の都心乗入計画路線の免許申請と一部競願となったため、これに対する特許は未解決のまま約10年の歳月が流れた。その間大阪都市圏の人口は急増し、自動車の普及などにより道路交通はマヒ状態となっていた。この状態を解決するための根本的な対策として大量輸送機関(高速鉄道)の建設拡充が急務となり、1959(昭和34)02月にようやく特許を得ることが出来た。1961(昭和36)年1月12日に天神橋筋六丁目〜梅田間のルートを芝田町〜阪神北大阪線から中崎町〜都市計画道路梅田長柄線への変更を申請、1961(昭和36)年11月6日に認可された。この変更により、谷町線の梅田駅の位置が変更され、御堂筋線開業時に合わせて建設された谷町線用のトンネルは使用されないことになった。

1963(昭和38)年 基本計画 <拡大可>
 1963(昭和38)年3月29日の都市交通審議会答申第7号「大阪市およびその周辺における高速鉄道の整備増強に関する基本計画について」を受けて改訂された基本計画では、谷町線は変更されなかった。1963(昭和38)年9月、東梅田〜谷町四丁目間の工事施工認可申請を行い、1964(昭和39)年2月に谷町線の建設に着手した。谷町四丁目〜天王寺間も1965(昭和40)年6月に建設に着手した。1967(昭和42)年3月24日に東梅田〜谷町四丁目間、1968(昭和43)年12月17日に谷町四丁目〜天王寺間がそれぞれ開業した。
 大阪市北東部の交通機関は路面電車に依存していたが、1969(昭和44)年4月の路面電車廃止により、バスに転換されており、地下鉄延長が望まれていた。このため、谷町線を守口方面に延伸することとなり、1969(昭和44)年12月に都島〜東梅田間の工事に着手した。1970(昭和45)年4月8日17時40分頃、天神橋筋六丁目駅付近の工事現場でガス爆発事故(天六ガス爆発事故)があり、多数の死傷者を伴う大事故が発生した。これで一時工事が中断したが、1974(昭和49)年5月29日に都島〜東梅田間が遅れて開業した。
 1963(昭和38)年の答申第7号以来、大阪市の高速鉄道は万国博覧会を目標に短期間のうちに整備されたが、昭和40年代に入って大阪圏の社会経済情勢の変化が顕著であり、より広域的な観点から交通網の整備計画が必要であるとされ、1970(昭和45)年6月4日から都市交通審議会大阪圏部会が開催された。審議の結果、1971(昭和46)年1月28日に「大阪市高速鉄道第2号線の延伸に関する中間意見」を決定し、谷町線は天王寺から藤井寺方面へ延伸するとともに、建設中の都島〜東梅田間に引き続き、守口方面への早期建設を提言した。1971(昭和46)年11月に守口〜都島間の建設に着手し、1977(昭和52)年4月6日に開業した。この延伸で、中央線と共用だった森之宮検車場が容量的に限界に達するため、守口市大日に谷町線用の検車場を建設することとなり、守口〜都島間の開業と共に大日検車場が開設され、トンネルは大日までほぼ完成していた。その後1978(昭和53)年3月には大日までの建設に着手し、1983(昭和58)年2月8日に大日〜守口間が開業した。

1977(昭和52)年 基本計画 <拡大可>
 一方、1971(昭和46)年の「大阪市高速鉄道第2号線の延伸に関する中間意見」で提言された天王寺から大阪市南東部への延伸は、大阪市南東部の住宅開発が著しく進展しており、その輸送需要に対応するため地下鉄の延伸が計画された。阿倍野〜喜連瓜破間は阪神高速道路14号松原線と同じルートのため、地下鉄トンネルを高速道路の基礎部分に組み込む形の一体構造で建設することとなり、1973(昭和48)年3月に天王寺〜八尾南間の建設に着手し、1980(昭和55)年11月27日に開業し、八尾南駅に隣接して八尾検車区を開設した。なお並行路線となった南海平野線は、その翌日に廃止された。ここで、現在の谷町線の形となった。
使用車両 >>> 各形式の紹介はこちら

< 現 役 >
 ・ 新20系(22系 / 22系50番台) 1990(平成2)年〜
 ・ 30000系(32系) 2009(平成21)年〜


新20系(22系/22系50番台) <拡大可>
新20系(22系/22系50番台)
30000系(32系) <拡大可>
30000系(32系)


< 過 去 >
 ・ 7000-8000形 1967(昭和42)年〜1969(昭和44)年
 ・ 50系 1969(昭和44)年〜1991(平成3)年
 ・ 30系 / 新30系 1973(昭和48)年〜2013(平成25)年
 ・ 20系30番台 1989(平成元)年〜2006(平成18)年

50系 <拡大可>
50系
30系 / 新30系 <拡大可>
30系 / 新30系
20系30番台 <拡大可>
20系30番台
ダイヤ
 
2017(平成29)年03月25日改正 【現行】

2017(平成29)年03月25日改正 2017(平成29)年3月25日改正ダイヤでは、運行形態見直しに伴い改正が行われた。
平日昼間・土休日終日の小回り運転が廃止された。利用実態に合わせて朝混雑時間帯を繰り上げ、混雑緩和を図った。運転間隔の変更はない。

 
平日ダイヤ 土休日ダイヤ
早朝 10分00秒 10分00秒
朝混雑 2分30秒
〜5分00秒
5分00秒
〜6分40秒
昼間 7分30秒 7分30秒
夕混雑 3分00秒
〜6分00秒
6分40秒
夜間 7分30秒 7分30秒
深夜 10分00秒 10分00秒

2013(平成25)年03月23日改正

2013(平成25)年03月23日改正 2013(平成25)年3月23日改正ダイヤでは、終発延長に伴い改正が行われた。
終発後の大日発八尾南行き回送を旅客化、八尾南発文の里行き回送を大日まで延長の上旅客化した。運転間隔の変更はない。

 
平日ダイヤ 土休日ダイヤ
早朝 10分00秒 10分00秒
朝混雑 2分30秒
〜5分00秒
5分00秒
〜10分00秒
昼間 5分00秒
〜10分00秒
5分00秒
〜10分00秒
夕混雑 3分30秒
〜7分00秒
5分00秒
〜10分00秒
夜間 5分00秒
〜10分00秒
5分00秒
〜10分00秒
深夜 10分00秒 10分00秒
旅客案内表示装置

標準型(番線表記半角) <拡大可> 現在の旅客案内表示装置は3色LED式で、日本語・英語の2か国語に対応している。2001(平成13)年頃に、行灯式から更新された。谷町四丁目駅のみ先行して更新が行われたため、初期の大型の装置となっている。その他、標準型(番線表記半角、全角)や小型、阿倍野型が存在している。


【標準型(番線表記半角)】
大日、守口、関目高殿、野江内代、都島、天神橋筋六丁目、東梅田、南森町、天満橋、谷町九丁目、四天王寺前夕陽ヶ丘、天王寺、文の里、田辺、駒川中野、喜連瓜破、出戸、長原、八尾南

【標準型(番線表記全角)】
太子橋今市、千林大宮、中崎町、谷町六丁目、平野

【大型】
谷町四丁目

【小型】
南森町、阿倍野

【阿倍野型】
阿倍野
標準型(番線表記全角) <拡大可>
標準型(番線表記全角)
大型 <拡大可>
大型
小型 <拡大可>
小型
阿倍野型 <拡大可>
阿倍野型
その他

天六ガス爆発事故
慰霊碑 <拡大可> 1970(昭和45)年4月8日17時45分、大阪府大阪市大淀区(現 北区)国分寺付近の谷町線建設現場でガス爆発事故が発生した。天六ガス爆発事故と呼ばれ、死者79名、負傷者420名を出す大惨事となってしまった。
 建設中の地下構内のガス管が、継手部分を含め約200mにわたって宙吊りとなっていた。建設工事や交通荷重の影響で継手部分が劣化していった。結果、17時15分に継手部分が抜け落ちて都市ガスが噴出した。この区間は開削工法で建設されており、ガス噴出時は覆工板が設置されていた。覆工板が蓋の役目をして地下構内は都市ガスが充満、隙間から地上にも漏れ出た。たまたま通りかかった大阪ガスのパトロールカーがガス漏れを検知して通報、事故処理車が到着する。この事故処理車が現場で移動しようとエンジンを始動した際にセルモーターの火花が引火、17時39分に発火し、地上に噴出していたガスにも着火した。自動車が燃えたことにより、野次馬が多く集まりだして付近は多くの人が集まっていた。そして17時45分、何らかの原因で地下に充満していたガスに着火、高さ約10mの火柱とともに大爆発が発生した。この大爆発により、付近に敷き詰められていた覆工板(重さ約380kg)約1,500枚と、その上に乗っていた人も吹き飛ばされた。爆発の火柱は、道路両側の家屋に燃え移った。そのため、すぐにガスを止めることができず、21時20分頃にガス止め作業に着手、後に消防による消火活動が行われ、21時40分頃に鎮火した。
 現場付近の国分寺公園には、この事故の慰霊碑が設置されている。
国分寺公園 <拡大可>
国分寺公園
事故現場付近の現在 <拡大可>
事故現場付近の現在
歴史

1925(大正14)年10月20日 大阪市高速度交通機関協議会で4路線54.48kmの路線が決定
2号線は森小路〜天王寺の13.70km
1948(昭和23)年06月18日 大阪市高速度鉄道協議会第2回総会で高速鉄道5路線76.93km決定
2号線は守口〜天王寺の16.09km
1967(昭和42)年03月24日 東梅田〜谷町四丁目間開業
2両運転
谷町検車場開設
ATC・CTC採用
1967(昭和42)年10月--日 ATO試験実施(7007-8007号車)
1968(昭和43)年01月--日 谷町検車場廃止
1968(昭和43)年02月--日 ATO試験終了
1968(昭和43)年12月17日 谷町四丁目〜天王寺間開業
4両運転開始
天王寺検車区開設
1969(昭和44)年12月06日 愛称が谷町線に決定
1970(昭和45)年04月08日 天神橋筋六丁目駅付近の建設現場でガス爆発が発生
1973(昭和48)年04月--日 旧20系チョッパ制御車の試験開始
1974(昭和49)年05月29日 都島〜東梅田間開業
1976(昭和51)年10月25日 6両運転開始
天王寺検車区廃止
1977(昭和52)年04月06日 守口〜都島間開業
大日検車場開設
1980(昭和55)年11月27日 天王寺〜八尾南間開業
八尾検車区開設
喜連瓜破駅に大阪市初のエレベーター設置
1983(昭和58)年02月08日 大日〜守口間開業
1997(平成09)年08月29日 関目を関目高殿に、四天王寺前を四天王寺前夕陽ヶ丘に改称
2000(平成12)年--月--日 組織変更により八尾検車区を八尾車庫に改称

著作権