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2020.08.08更新
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OsakaMetroとは

OsakaMetroとは

簡易路線図 大阪市高速電気軌道とは、大阪市交通局が運営していた地下鉄事業を継承するために設立された会社で、2018(平成30)年4月1日の大阪市交通局民営化に伴い運営を引き継いだ。愛称は「Osaka Metro」で、世界主要都市の地下鉄を表す言葉として世界的に認知された名称「Metro」を愛称として用い、今後大阪のさらなる国際化を見据えるとともに、世界に通用する愛称として正式愛称が英字の「Osaka Metro」とされた。「大阪メトロ」と表記される場合もあるが、正式には「Osaka Metro」である。

 日本初となる公営地下鉄として、1933(昭和8)年に1号線(御堂筋線)梅田~心斎橋間の3.1kmが開業したのが始まり。開業から73年経った2006(平成18)年には8号線(今里筋線)井高野~今里間の11.9kmが開業し、現在の形となる。此花区・西淀川区を除いた大阪市内22区と、近隣の吹田・堺・守口・八尾・東大阪・門真市において8路線129.9kmもの路線網を有しており、民営化までその規模は公営地下鉄の中で日本一を誇っていた。

 民営化前は一般的に大阪市営地下鉄と呼ばれていたが、正式名称は「大阪市高速鉄道」、正式路線名称は「高速電気軌道○号線」である。「高速」と付いているのは、開業当時に主たる市内交通機関であった市電よりも高速で走行することに由来する。また、1981(昭和56)年に開業した新交通システム「ニュートラム」については、大阪市中量軌道南港ポートタウン線が正式である。

 他都市の地下鉄は鉄道事業法の適用を受けて建設されている。しかし大阪市の地下鉄は、都市計画道路と一体に整備するという大阪市の方針から、2005(平成17)年7月1日に大阪港トランスポートシステムから移管された区間(大阪港~コスモスクエア間)を除き全区間が軌道法の適用を受けており、市電と同じ軌道線扱いとなっている。そのため基本的に道路に沿ってのみの建設となり、南北の筋・東西の通に沿って網目状に建設されている。

相互直通運転

相互直通区間路線図 大阪市高速電気軌道は8路線のうち、5路線が第三軌条線、2路線が小型リニア地下鉄となっている。集電方法や規格が異なるため、私鉄との積極的な相互直通運転は行われていない。相互直通運転を行っているのは、私鉄側が第三軌条規格に合わせた御堂筋線と北大阪急行電鉄南北線、中央線と近畿日本鉄道けいはんな線、大阪市側が規格を合わせた堺筋線と阪急電鉄千里線・京都本線(淡路~高槻市間)の3路線のみである。1997(平成9)年から2005(平成17)年までは、中央線と大阪港トランスポートシステムテクノポート線・ニュートラム南港ポートタウン線と大阪港トランスポートシステムニュートラムテクノポート線が、相手側が規格を合わせて相互直通運転を行っていた。

 堺筋線と阪急千里線・京都本線の相互直通運転は、堺筋線の区間を阪急電鉄と南海電鉄の両者が建設したいという意向があったため、大阪市が同区間を整備して相互直通運転を実施するという方式になったことに始まる。しかし阪急電鉄は直流1500Vの標準軌、南海電鉄は直流600Vの狭軌と、両者とも規格が異なっていたため改軌や三線軌条などで両者の車両を直通させようとする案もあったが、様々な問題もあり結局見送られた。その後どちらと相互直通運転を行うか協議されたが、1970(昭和45)年に吹田市の千里丘陵で日本万国博覧会が開催されることになり、1969(昭和44)年12月6日に大阪市唯一の直流1500V普通鉄道が開通し、阪急電鉄と相互直通運転を開始。御堂筋線と共に万博輸送を担った。

大阪市交車両と近鉄車両 中央線・南港ポートタウン線とOTSテクノポート線・OTSニュートラムテクノポート線との相互直通運転は、市中心部から南港地区へ早く到達させることが目的であった(これまで地下鉄・ニュートラム利用なら、住之江公園経由だった)。「公共輸送」ではなく「利益誘導」が主たる目的であったため、公共事業者としては不必要ということから国からの補助を受けられなかった。そのため、大阪市の第三セクターである大阪港トランスポートシステムに建設を委ねた。当初は中ふ頭~大阪港間の全てをニュートラムで建設し、大阪港で中央線とニュートラムが接続する予定であったが、イベント開催時の輸送能力などを考慮した結果、普通鉄道での建設となった。2005(平成17)年7月1日に大阪港トランスポートシステムが第一種鉄道事業から撤退して第三種鉄道事業者へ、大阪市交通局が第二種鉄道事業者となり、大阪市交通局の路線となった経緯がある。

マーク

大阪市交通局局章大阪市高速電気軌道社章・大阪市交通局局章

大阪市高速電気軌道の社章で、大阪市交通局の局章。

見かけることは少ないが、車両側面の端に取り付けられている。上部は大阪市章である「澪標(みおつくし)」。下部は大阪市交通局の前身である大阪市電気局から由来する。

moving Mmoving M

2018(平成30)年のOsaka Metro誕生にあわせて制定されたシンボルマーク。

「Metro」のMと「Osaka」のOを組み合わせ、横から見るとO、正面から見るとMになる。螺旋状の動きのあるフォルムで、「走り続ける」エネルギーや動力・推進力を表す。

マルコマークマルコマーク

1933(昭和8)年の地下鉄建設当初に作られたマーク。

京都大学の武田五一教授によってデザインされたもの。大阪市のO(オー)と高速鉄道のコを組み合わせて作られた。コがOから出ているのは郊外への延伸を意味するなど、他にも説がある。大阪市交通局民営化に伴い使用停止となり、徐々に数を減らしている。

地下鉄シンボルマーク地下鉄シンボルマーク

1977(昭和52)年の谷町線守口延伸時に作られ、使われるようになったお馴染みの地下鉄マーク。

大阪市交通局民営化に伴い使用停止となり、徐々に数を減らしている。

ニュートラムシンボルマークニュートラムシンボルマーク

新交通システム、ニュートラムのロゴマーク。

ニュートラムの頭文字「N」に走行感を持たせたものになっている。大阪市交通局民営化に伴い使用停止となり、徐々に数を減らしている。

車両

 OsakaMetroの地下鉄8路線と新交通システム1路線では様々な車両が活躍しています。かつての大阪市交通局は将来を見据えた技術開発に積極的に取組んでおり、「技術の大阪市」と言えるほど先進的な技術を取り入れてきた。1933(昭和8)年の開業当初に登場した100形(初代)では、現代でも通ずる駅名表示器(現在の車内案内表示装置相当)や増結運転をした際に連結部分の転落を防止する安全畳垣(現在の転落防止幌相当)を取り付けるなど当初から将来を見据えていた。1970(昭和45)年の大阪万博輸送の立役者30系は、日本初の電気指令式ブレーキを採用。1979(昭和54)年に登場した10系量産車は回生ブレーキ付チョッパ制御で省エネルギー化に貢献、第三軌条方式の地下鉄ならではの薄型冷房装置を開発し搭載した。VVVFインバータ制御による誘導電動機駆動法にいち早く着目し、1981(昭和56)年7月~1982(昭和57)年4月まで現車試験を実施。同時期に国鉄なども研究実験していたが、大阪市の研究は将来のミニ地下鉄実現を目指し機器の小型化も併せて研究実験していた。こうして1984(昭和59)年に登場した20系は日本初の高速鉄道用VVVFインバータ制御車である。機器の小型化を目指して研究実験していたVVVFインバータ装置は、1990(平成2)年に登場する日本初のミニ地下鉄70系で活かされ、日本初のリニアモーター駆動の鉄道営業車両となっている。現在は以下の車両形式が在籍している。

10A系20系
新20系66系
70系80系
30000系200系